2005年04月04日

紙オムツ
[]

ボリビアから無事帰国いたしました。
今日は寒いですね。桜も昨年より開花が遅く、まだ春には時間がかかるような雰囲気です。

出発前、チラシの内容をどう書くのか悩んでいることを書きました。そうなんです。短く端的に表現できないことなのです。
例えば、この10年ぐらいでしょうか、使い捨てのオムツが出てきたのは・・・。そして今では赤ん坊のオムツは使い捨てが当たり前のようになりました。
それ以前は、洗って干して使っていたのに・・・。

ただ便利だから、使い捨てを選ぶ・・・。この考え方は、現代社会を象徴していると思います。
しかし、洗って干す行為のなかに、親は子どもの便から読むことのできる情報を得ていました。お腹の具合や、離乳食の消化状況など・・・。そうした中から子どもの成長を見てきました。
使い捨てになると、ウンチの表面しか見えません。

大切なことは、親が持つ目や手触りなどのセンサーが、無意識に子どもを観察し育成していることです。

以前も書きましたが、人間は生まれ持ったもの以外を増やすことはできないのです。車を持つと足腰が弱るし、お金を持つと人の心を読めなくなる・・・。そして使い捨てオムツは、ウンチが語る赤ん坊の体内情報を見失うのです。

こうした暮らしの一つ一つ、人間が持っていたことごとを物質文明のなかに、知らず知らずの間に埋めてしまっているのが私たちです。
アマゾンのアワフン族の生活を見ていると、こうしたことごとがひとつひとつ見えてくるのです。

By minoru : 2005年04月04日 11:00

Trackback Pings

このエントリーのトラックバックURL:
http://mori-e-oideyo.onephrase.com/mt/mt-tb.cgi/27

このリストは、次のエントリーを参照しています: 紙オムツ:

- Copyright (C) 2004 Minoru Nakamura. All Rights Reserved.-