2005年05月04日

空き地と道具
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夏の気候がいよいよ始まりだしましたね。
私は今年からでた花粉症が癒えず、いまだ鼻紙を手放せません。
皆さんはいかがですか・・・。

つい先日、85歳の誕生日をもうすぐ迎える母親を車に乗せて狭い街道を走っていました。そのとき歩道を自転車に乗った野球のユニホームを着た小学生の団体とすれ違ったのです。
母親はその子どもたちの姿を見て、
「今の子どもたちは幸せだね・・・。ボールもグラブもバットもユニホームも、
みんな持っているからね・・・。あんたたちが子どもの時代は、道具を揃えてあげたくとも、買える余裕がなかった・・・」と感慨深げに言ってきました。
でも、ボクは、擦れ違う子どもたちの姿を見て、アマゾンの子どもたちを思い出し、決してユニフォームや道具に恵まれた子どもたちが幸せだとは、思えませんでした。それはアマゾンの子どもたちだけではなく、自分自身の少年時代とも重なるからです。

ボクたちは、今の子どもたちと変わらないほど野球が好きでした。確かに母親が言うように、道具には恵まれませんでしたが、ボールは新聞紙を丸めて作り、バットは木を削って形を整えて夢中にプレーをしました。

ボクたちの時代には、道具はなくとも、近所に空き地があり、いつでも自由に子どもだけで使うことができるスペースがあったのです。今の子どもたちは、道具があっても野球をする場所がありません。野球場という施設をおとなが借りる手続きを踏み、おとなの監督やコーチの指導の下でしかできないのです。
子どもたちにとって野球は、何のためにあるのでしょうか。もちろんプロ野球選手に憧れています。それはそれでボクたちの頃もみんな同じでした。しかし、全員がプロになれるわけがなく・・・、いや一人もプロになれないチームがほとんどなのです。そうした中で野球が、ボクたちに教えてくれたものはなんだったのでしょうか・・・。

今でも忘れられないことがあります。実はあの時代、両チームのグラブを集めても九つに満たなかったのです。このため守備側にすべてのグラブを渡すしか野球ができません。集めたグラブを、キャッチャーやファーストなど早いボールを受け取る可能性が高い守備位置のものから優先して使えるルールを、生み出したのです。
仲間には、グラブを持っていても守備が下手なのがいました。ほとんどが年少のものです。守備が下手だとあまりボールが飛んでこない外野に回されます。ですから、グラブを持っている子が自分のグラブを使えないのです。きっと悔しかったことでしょう。でも、このルールを守らなければ、野球はできないのです。我慢していました。
しかし、下手だった年少の子どもも徐々に学年が上がると守備もうまくなり、グラブを持つポジションにつけるようになります。その順が来たとき・・・、それは同時に、新しくグラブを持って遊びに参加してきた年少のものに、グラブをもてない守備位置を与える役割をこなさなければならないことだったのです。

こうしたなかでボクたちは、子どもなりの社会を、野球を通して身に着けていたのだと思いました。
アワフンの子どもたちは野球を知りません。でもボール遊びをします。ボクたちが新聞紙を丸めてボールを作ったように、アワフンの子どもたちはバナナの枯葉を丸めてボールを作っていました。
アマゾンの子どもたちとぼくたちは、道具を作ることで工夫を学びました。また、ボールを使う様々な遊びを考え出しました。子どもにはそういう工夫する知恵が、備わっています。それを蔑ろにすることで、子どもたちの芽を摘んでしまっているのではないでしょうか。


By : 2005年05月04日 10:20

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